「ちょっと​見て​こい」は、​本当に​見るだけじゃ​怒られた

小林顕人株式会社Hau'oli Growth 代表

自衛隊にいた頃、よく言われてた。

「ちょっと見てこい!」

言葉だけ聞いたら、本当に見に行けばいいように聞こえる。

でも、本当に見ただけで帰ってきたら怒られる。笑

「見てきました。特に何もなかったです」

じゃダメ。

圧力は正常か。

温度はおかしくないか。

変なところから漏れてないか。

いつもと違うところはないか。

上から見て分からなかったら、屈んで機械の下まで見る。

ただ目に入れるんじゃなくて、

異常がないかを確認して帰ってくる。

それが「見てこい」の意味だった。

今考えると、俺が仕事でよく使う

「ウォッチする」

っていう感覚は、この頃からあったのかもしれない。


「見る」って、一個じゃないと思ってる

英語で「見る」って、

see
look
watch

がある。

細かい英語の話をしたいわけじゃないけど、俺の中では結構感覚が違う。

seeは、見える。

lookは、意識して見る。

watchは、変化まで追いながら見る。

仕事で必要なのは、たぶんwatchの方なんだと思う。

数字が目に入った。

管理画面を開いた。

現場を見た。

それだけなら、まだ「見た」だけ。

大事なのは、

いつもと何が違う?

って見ること。


当時は、見過ごしたら大惨事になる

自衛隊の機械だから、異常を見過ごした時の影響も小さくない。

「見落としてました」

で済まないこともある。

だから、

絶対に見過ごせない。

って感覚があった。

圧力は?

温度は?

漏れは?

異音は?

普段と違うところは?

見る場所も一個じゃない。

正面から見て分からなければ横を見る。

下まで屈んで見る。

奥も見る。

それでも何か違和感があったら、もう一回見る。

今考えると、

ただ確認してたんじゃなくて、

異常を探してた。


見てても、見過ごす

面白いのが、

ちゃんと見に行ってても、見過ごすことがある。

同じ機械を見ても、

人によって見つけるものが違う。

俺が見て見つけることもあれば、

俺が見つけられなくて、他の人が見つけることもある。

それが結構悔しかった。

「俺も見たのに、なんで気づかなかったんだろう」

って。

見たか、見てないかじゃないんだよね。

何を見たのか。
どこまで見たのか。
違和感を拾えたのか。

そこに差が出る。

だから、

「見ました」

っていう報告だけでは、何も分からない。

本当に知りたいのは、

何を確認して、どうだったのか。

なんだと思う。


今の仕事でも、結局同じことをしてる

これ、今の仕事でもかなり同じ。

例えば広告。

CPAが上がった。

それを見て、

「CPA悪くなりました」

で終わる人もいる。

でも俺は、その瞬間にいろいろ気になる。

CVRは?

CTRは?

CPCは?

配信量は?

クリエイティブは?

変更直後じゃない?

予約枠は?

商圏は?

どこから悪くなった?

昨日だけ?

それとも数日続いてる?

CPAが悪いという数字をseeして終わるんじゃなくて、何が起きてるのかをwatchする。

この感覚は、自衛隊の時とあまり変わってないのかもしれない。

圧力は?

温度は?

漏れは?

って見てたのが、

CVRは?

CTRは?

配信量は?

に変わっただけ。笑

CPAという結果だけで判断しない話は、
「CPA上がったから広告変える、って雑すぎる」
にも書いた。


問題を見つけたからって、すぐ触るわけでもない

ここも大事。

異常っぽいものを見つけたからって、

何でもすぐ触ればいいわけじゃない。

仕事でも同じ。

CPAが上がった。

じゃあ広告変えよう。

人がうまくできてない。

じゃあやり方変えよう。

数字が落ちた。

じゃあ施策変えよう。

これだと、ちょっと早い。

見ることと、

変えることは別。

今どうなってるのかを確認する。

変化を追う。

必要ならもう少し見る。

確認は必要。でも、変更はまだしない。

っていう状態も普通にある。

俺がよく言う、

「一旦ウォッチで」

は、

何もしないって意味じゃない。

次に判断するために、ちゃんと見続ける。

って意味。


ウォッチには、「何を見るか」が必要

ただ時間を置くだけなら、

それはウォッチじゃないと思う。

何を見るのか。

いつ見るのか。

何が起きたら変えるのか。

ここまでないと、

ただ放置してるだけになる。

広告なら、

あと3日見る。

CVRがこのまま改善するかを見る。

CPAがこのラインを超えたら変える。

予約枠が埋まったら止める。

みたいに、

次の判断につながる観測条件を持って見る。

自衛隊の時も同じだったんだと思う。

何となく機械を見るんじゃない。

圧力。

温度。

漏れ。

異音。

いつもとの違い。

見るポイントがある。

だから異常を検知できる。

最初から正解を決めつけず、現実から次の情報を取りにいく感覚は、
「正解なんて出てねぇよ。やっと始まったんだよ」
にもつながってる。


人でも、組織でも、たぶん同じ

最近は、広告だけじゃなくて、人や組織を見る時も似たことをしてる気がする。

仕事が遅い。

じゃあその人が遅い?

本当に?

判断基準がないんじゃない?

情報が足りない?

誰かの返信待ち?

仕事が一人に集まってる?

そもそもGoalが分かってない?

人が動いてない。

じゃあ能力不足?

本当に?

役割が合ってない?

強みが違う?

AIにつながってない情報がある?

見えてる現象を、

そのまま原因にしない。

もう一段、下を見る。

これも、

機械の下に屈んで見てた頃と、あんまり変わってないのかもしれない。笑


見つからなかった時に悔しかった

自衛隊の頃、

自分が見つけられなかった異常を、他の人が見つけた時は悔しかった。

「見てなかった」

なら分かる。

でも、

俺も見たのに、見つけられなかった。

これが悔しい。

たぶん、

この感覚は今も結構ある。

後から問題が分かった時、

「そこ見れてなかったな」

って思う。

もっと早く気づけたはず。

別の角度から見れば分かったかもしれない。

別の数字を見れば気づけたかもしれない。

その悔しさがあるから、

次は見る観点が一個増える。

一回見過ごしたものを、

次は見過ごさないようにする。

そうやって、

見るポイントが増えてきたのかもしれない。


もしかしたら、俺の「検知」のルーツはここなのかもしれない

俺は仕事してると、

問題を見つけるのが早いと言われることがある。

広告を見ても、

組織を見ても、

人を見ても、

「そこ怪しくない?」

ってなる。

自分では普通に見てるだけだった。

でも、振り返ってみると、

自衛隊の頃から、

見過ごしたら大惨事になる環境で、異常を探す見方

をずっとしてた。

正面から見て終わらない。

下まで見る。

数字だけ見て終わらない。

変化を見る。

一回見て終わらない。

ウォッチする。

そして、

見つけられなかったら悔しい。

たぶん俺は、

「見る」という仕事を、

結構長いことやってきたんだと思う。

だから今も、

「ちょっと見て」

と言われると、

本当に見るだけでは終われない。

何かおかしいところはないか。

って、勝手に探し始める。

もしかしたら、

俺の「検知」のルーツは、

あの頃の

「ちょっと見てこい!」

にあるのかもしれない。


見えている数字の奥で何が起きているか、一緒に見る

読んでいて、​自社の​状況が​浮かんだなら。

何が​問題か、​まだ​整理できていなくても​大丈夫です。​現在地を​整理する​ところから、​一緒に​考えます。

相談してみる