「日本語」って、実は1億種類以上の言語の総称なんじゃない?
俺、最近思うんだけど、
「日本語」って、実は1億種類以上の言語の総称なんじゃない?
って。
もちろん、本当に1億種類の言語があるって話じゃない。笑
日本人同士なら、基本的には日本語が通じる。
同じ単語を使う。
同じ文章を読める。
だから、同じ言語で会話してると思うじゃん。
でも、本当にそうなのかな。
同じ「成果」って言葉でも、
経営者が考える成果と、
マーケターが考える成果と、
現場のスタッフが考える成果って、
全然違うことがある。
同じ日本語を使ってるのに、
頭の中で見えてるものが違う。
これって、
実は違う言語で会話してるのと、そんなに変わらないんじゃないか。
俺はそう思うんだよね。
だから、人に何かを伝える時、
ただ分かりやすく説明すればいいとは思ってない。
まず相手の言語を理解する。
その言語で話す。
そして、少しずつ共通言語を増やしていく。
ここまでがコミュニケーションだと思ってる。
アメリカ人に、いきなり日本語で話しかけないよね?
例えば、
目の前に英語しか話せないアメリカ人がいたとする。
その人に、
いきなり日本語で、
「明日の集合時間は9時です」
って伝える?
普通、伝わらないじゃん。笑
だったら英語で伝える。
もしくは翻訳する。
相手が理解できる言語を使う。
これって当たり前だよね。
でも、
相手が日本人になった瞬間、
なぜかこの当たり前を忘れることがある。
自分が知ってる言葉だから、
相手も知ってると思う。
自分が理解してる意味だから、
相手も同じ意味で理解してると思う。
でも、
本当にそう?
マーケティング。
経営。
医療。
システム開発。
人材育成。
それぞれの世界に、
それぞれの言語がある。
しかも、
同じ仕事をしてる人同士でも、
経験や知識が違えば、
使ってる言語は少しずつ違う。
日本語が通じることと、意味が伝わることは別なんだよね。
俺、最初は「CPA、顧客獲得単価がですね」って延々と言う
例えば、
俺がクライアントさんと広告の話をする時。
最初から、
「CPAがですね」
って話しても、
相手がその言葉を知らなかったら伝わらない。
だから俺、
最初は結構丁寧に説明する。
「CPA、顧客獲得単価がですね」
って。
次の会議でも、
「CPA、顧客獲得単価ですね」
って説明する。
また次も説明する。
これを繰り返す。
すると、
そのうち相手も覚える。
「CPAが上がってますね」
って言えば、
「ああ、獲得単価ですね」
って理解してもらえる。
さらに続けると、
もうCPAだけで通じるようになる。
そうなったら、
毎回「顧客獲得単価」って説明しなくてもいい。
でも俺、
ここが面白いと思ってて。
相手がCPAという単語を覚えたことが、一番の価値じゃないんだよね。
その言葉を使って、
もっと深い会話ができるようになった。
こっちの方が大きい。
共通言語が増えると、話せることも増える
CPAという言葉が通じなかった時は、
まずCPAの意味から説明する必要がある。
でも、それが通じるようになったら、
次は、
「なんでCPAが上がってるんだろう?」
って話ができる。
さらに、
「CPAが高くても、LTVを考えたら問題ないんじゃない?」
って話もできる。
同じ広告の話なんだけど、
会話できる深さが変わってくる。
最初は、
単語を説明するところから始まってた。
でも今は、
その単語を使って一緒に経営判断ができる。
これって、
相手のリテラシーが上がったことで、二人の間にある共通言語が増えた
ってことだと思う。
そして、
共通言語が増えるほど、
説明しなくても伝わることが増える。
もっと複雑な話もできる。
さらに深いところまで一緒に考えられる。
俺は、
こうやって相手とのつながりも強くなっていくんだと思ってる。
だから、
相手に合わせて簡単な言葉を使うだけじゃなくて、
相手が理解できる言葉を、一緒に増やしていくこと
も大事なんだよね。
でも、単語を知ってても会話が通じないことがある
ここからが、
もう一個大事な話。
俺、MTGでも結構確認することがある。
「コンバージョンって言ってるけど、今回のコンバージョンって何ですか?」
って。
これ、
相手がコンバージョンという言葉を知らないから聞いてるわけじゃない。
俺だって知ってる。
相手も知ってる。
でも、
今回、何をコンバージョンと呼んでるのかが分からない。
例えば、
広告から予約が完了したらコンバージョンなのか。
問い合わせが来たらコンバージョンなのか。
LINEの友だち追加なのか。
実際の来店なのか。
購入なのか。
全部、
目的によってはコンバージョンになり得る。
でも、
同じコンバージョンという言葉を使っていても、
見ているものが違ったら、
会話が成立してないんだよね。
片方は予約完了を見ている。
もう片方は問い合わせを見ている。
それで、
「コンバージョンが増えましたね!」
って話しても、
そもそも同じものを見てない。
これ、
かなり危ないと思う。
リテラシーの乖離って、知らないことだけじゃない
リテラシーに差があるって聞くと、
片方が詳しくて、
もう片方が知らない、
みたいなイメージがある。
もちろん、それもある。
CPAという言葉を知らない。
だから説明する。
これは分かりやすい。
でも、
もう一つある。
言葉は知ってる。でも、何を意味してるのかが揃ってない。
こっち。
しかもこれは、
リテラシーが高い人同士でも起こる。
経験してきた仕事が違う。
所属していた会社が違う。
見てきた数字が違う。
担当している役割が違う。
そうすると、
同じ単語でも、
当たり前だと思っている前提が違う。
つまり、
知らないことによる乖離と、知っているつもりで起きる認識の乖離は別。
俺は後者の方が、
気づきにくい分、厄介なこともあると思ってる。
だって、
お互い通じてると思って話が進むから。
だからMTGでも、
分かっている言葉ほど、
「今回、それって何を指してます?」
って確認した方がいい時がある。
これは相手の理解力を疑ってるんじゃない。
お互いの前提を揃えてるだけ。
「原因は腸腰筋です」って、相手の言語になってる?
例えば、
お客さんに、
「原因は腸腰筋ですね」
って説明する。
専門家からしたら、
身体を見て、
筋肉や姿勢を考えて、
そこに辿り着いたのかもしれない。
でも、
お客さんはどうなんだろう。
腸腰筋って、
そもそも何?
ってなるかもしれない。
だから、
いきなり専門用語から説明するんじゃなくて、
「こういう座り方してません?」
って聞く。
「バッグ、いつも右側で持ってません?」
「マウスは右手で使ってます?」
「いつも左側に体重かけてません?」
「お子さん、いつも同じ側で抱っこしてません?」
こういう質問をする。
すると、
「あ、それやってます」
ってなる。
本人が、
自分の生活と結びつけて考えられる。
そこから、
身体の状態との関係を一緒に確認していく。
もちろん、
いつも右手でマウスを使うから、
必ず特定の筋肉が原因になる、
なんて単純な話じゃない。
そこは専門家としてちゃんと確認する必要がある。
でも、
説明する入口としては、
全然違うと思うんだよね。
専門家の頭の中にある言葉を、お客さんの日常の言葉へ翻訳してる。
これが大事。
相手の生活は、その人にとって一番身近な言語
考えてみたら、
お客さんは毎日、
「腸腰筋に負担がかかってるな」
なんて考えてない。笑
でも、
「朝起きたら腰が重い」
「長く座ってるとつらい」
「子どもを抱っこすると疲れる」
なら分かる。
だって、
自分が実際に経験してることだから。
つまり、
専門家は専門知識という言語で考えてる。
お客さんは日常生活という言語で考えてる。
その二つをつなぐ。
そうすると、
同じ身体の話が、
初めて共通の話になる。
前に、
って記事を書いた。
あれは、
お客さんが実際に使っている言葉を、
提供する側が勝手に翻訳しすぎない方がいい、
って話。
今回は逆。
専門家が持っている知識を、
お客さんが理解できる言葉へ翻訳する。
どちらも、
相手が見ている世界を理解するところから始まるんだと思う。
最初は相手の言語。でも、ずっとそこに留まる必要はない
ただ、
ここで終わらせたくないんだよね。
ずっと、
「こういう座り方してません?」
だけで終わっていたら、
お客さんの理解はそこから先へ進まないかもしれない。
だから、
最初は生活の言葉で話す。
身体の状態を説明する。
そこで初めて、
「これには腸腰筋という筋肉も関係している可能性があるんですよ」
と専門知識を渡す。
そうすると、
腸腰筋という単語が、
単なる知らない言葉じゃなくなる。
自分の身体とつながった言葉になる。
これ、
俺がCPAを説明するのと同じだと思う。
最初は説明する。
何度も使う。
理解してもらう。
そのうち専門用語だけで通じる。
相手の言語で話し始めて、少しずつ二人の共通言語を増やしていく。
俺はそれが、
良いコミュニケーションなんじゃないかなと思ってる。
「伝えた」と「伝わった」は違う
結局、
コミュニケーションって、
自分が何を言ったかだけじゃない。
相手がどう受け取ったか。
どう理解したか。
同じ意味で理解できているか。
そこまで含めて考えたい。
俺が、
「CPAを改善しましょう」
って言った。
相手も、
「分かりました」
って答えた。
でも、
その人が何を改善しようとしているのか。
俺と同じものを見ているのか。
そこが違っていたら、
言葉は届いてても、
意味は届いてない。
前に、
って書いたけど、
あれも相手の現在地を見る話だった。
今回の話も、
根っこは近い。
ただ、感情だけじゃなくて、
相手が今、どの言語で物事を理解しているのか。
そこも見たい。
そして、
何度も会話を重ねることで、
どれだけ共通の意味を増やせたのか。
ここが、
長く一緒に仕事をする上では、
かなり大事なんだと思う。
共通言語が増えるほど、関係は深くなる
例えば、
初めて一緒に仕事をする人とは、
まず言葉の説明が必要になる。
CPAとは何か。
CVRとは何か。
何を成果と呼ぶのか。
何を大事にしているのか。
でも、
何度も一緒に仕事をすると、
少しずつ分かるようになる。
この人が、
「成果」って言う時、
何を見ているのか。
「ちょっと厳しいですね」
って言う時、
何を懸念しているのか。
「一旦様子を見ましょう」
って言う時、
何を待っていて、
いつ再判断するつもりなのか。
そういうことまで分かるようになる。
もちろん、
分かったつもりになって確認を省くのは違う。
重要な前提は揃える。
でも、
一緒に積み上げてきた共通言語があると、
短い会話で深い話ができる。
そして、
もっと高度な判断も一緒にできる。
これは、
相手が一方的に勉強したからだけじゃない。
俺も相手の言語を覚えてる。
相手も俺の言語を覚えてる。
お互いに、相手の世界が少しずつ見えるようになってる。
だから、
つながりが深くなるんだと思う。
「日本語」って、実は1億種類以上あるんじゃない?
同じ日本語を話してる。
だから通じてる。
そう思ってたけど、
実際は、
みんな少しずつ違う言語を使ってる。
育ってきた環境も違う。
経験も違う。
知識も違う。
仕事も違う。
大事にしていることも違う。
だから、
同じ言葉を使っていても、
本当は見ているものが違う。
これって、
日本語という名前の下に、
一人ひとりの言語があるようなものだと思う。
だったら、
自分の言語が通じないことに、
いちいち腹を立ててもしょうがない。
まず、
相手の言語を理解する。
分からないなら聞く。
自分が知っている言葉を、
相手が理解できる言葉へ翻訳する。
逆に、
相手が知らない言葉も、
少しずつ教えていく。
そして、
同じ言葉を、
同じ意味で使えるようにしていく。
コミュニケーションって、ただ情報を渡すことじゃない。
二人の間に、共通の言語を育てていくことなんだと思う。
最初は、
「CPA、顧客獲得単価がですね」
から始まる。
でも、
そのうち、
「CPAが上がってますね」
だけで伝わるようになる。
さらに、
「今回のCPAって、LTVから考えたらどうですかね?」
って話せるようになる。
少しずつ、
一緒に考えられる世界が広がっていく。
だから俺は、
専門用語を使うな、
なんて思ってない。
むしろ、
一緒に使える専門用語は増えた方がいい。
ただし、
最初から自分の言語を押し付けない。
相手の言語で話し始めて、共通言語を一緒に増やしていく。
そして、
同じ言葉でも意味が違う時は、
ちゃんと前提を揃える。
それができれば、
同じ日本語を話しているだけの関係から、
同じものを見て、一緒に考えられる関係
へ変わっていく。
俺は、
そこまで含めてコミュニケーションなんだと思ってる。


