「うちは​自動化なんで」って、​それ誰が​責任取るの?

小林顕人株式会社Hau'oli Growth 代表

最近、

自動化。
自動化。
自動化。

って、めちゃくちゃ聞く。

AIで自動化できます。

広告運用を自動化できます。

レポートを自動化できます。

営業を自動化できます。

問い合わせ対応を自動化できます。

もちろん、

自動化できるものはしたらいいと思う。

俺も普通にやる。

でも、

「自動化すること」自体には、そんなに興味がない。

むしろ、

何でもかんでも

「自動化しましょう」

って言われると、

俺はちょっと違和感がある。

なぜかというと、

作業を自動化することと、責任まで自動化することは全然違うから。


上手くいってる時は、みんなルンルンなんだよね

自動化って、

上手く回ってる時は最高。

勝手に処理してくれる。

人が触らなくていい。

ミスも減る。

工数も減る。

夜中でも動いてる。

そりゃ便利。

みんな、

「自動化して良かったね」

ってなる。

でも、

俺が気になるのはそこじゃない。

上手くいかなくなった時、どうするの?

ってところ。


止まった瞬間に、誰が見るの?

例えば広告。

自動入札。

自動予算配分。

自動最適化。

自動ルール。

AIによる分析。

できることはどんどん増えてる。

便利だから、

使えばいいと思う。

でも例えば、

昨日までCPA5,000円だった広告が、

急に10,000円になった。

CVが止まった。

予約枠が埋まった。

店舗側が新規を受けられなくなった。

売上は取れてるけど、

粗利が合わなくなった。

現場でクレームが増えた。

その時、

誰が気づく?

誰が数字を見る?

誰が原因を考える?

誰が止める?

誰が「いや、まだ待とう」を判断する?

で、

最後に誰が責任取るの?

って思う。


「うちは自動化なんで」は、俺には理由にならない

たまに、

何か問題が起きた時に、

「そこ自動化されてるんで」

「システムがそう判断したので」

「AIがそう出したので」

みたいな話になることがある。

俺はこれ、

???

ってなる。

いや、

会社の仕事じゃん。

システムが勝手に会社を経営してるわけじゃない。

AIが最終責任まで取ってくれるわけでもない。

だったら、

最終的に誰かが責任を持つ必要はある。

自動で動いてることと、

誰も見なくていいことは、

全然違う。


責任まで自動化した気になってない?

俺が自動化ブームで一番怖いの、

ここかもしれない。

作業を自動化したら、判断まで手放していい気になる。

判断まで手放したら、

責任まで消えた気になる。

でも、

実際は責任なんて消えてない。

ただ、

誰が責任者なのか分からなくなっただけ。

これ、

結構危ないと思ってる。


判断したくないから、自動化に預けてない?

判断すると、

責任が発生する。

Aにするか。

Bにするか。

今変えるのか。

まだ待つのか。

止めるのか。

進めるのか。

人間が決めたら、

その判断について問われる。

だから組織によっては、

ルール。

マニュアル。

システム。

AI。

みたいなものに、

判断自体を預けたくなることもあると思う。

「ルールなので」

「システムなので」

「AIなので」

って言えれば、

自分が決めた感じが薄くなるから。

でも、

会社の仕事って、そんな都合よく責任だけ消えない。


俺は「自動化」より「省力化」の方が好き

だから、

俺は言葉としても、

自動化より省力化

の方が好き。

人間がやらなくていい作業は、

どんどん減らせばいい。

データ収集。

転記。

集計。

定型レポート。

通知。

過去データの検索。

異常候補の抽出。

こういうものを、

わざわざ人間が毎回やる必要はない。

AIでもシステムでも、

任せればいい。

でもその目的は、

人間を仕事から消すことじゃない。


人間は、もっと熱のある仕事をした方がいい

俺がAIや自動化で減らしたいのは、

人間そのものじゃない。

転記。

集計。

検索。

定型処理。

同じ確認。

同じ報告。

そういう、

人間の時間を少しずつ削っていく仕事。

そこはAIやシステムに任せればいい。

その分、

人間にはもっと、

人間にしかできない仕事をしてほしい。

人と人。

誰かの思い。

お客さんへの愛情。

仲間への気遣い。

「こういう会社を作りたい」っていう夢。

「絶対ここまで持っていく」っていう熱。

数字だけでは決められないことを、

相手の顔を見て考えること。

誰かの人生に関わる判断を、

逃げずに引き受けること。

俺は、

こっちに人間の時間を使った方がいいと思ってる。

AIは、

数字を集められる。

整理できる。

異常を見つけられる。

過去の事例も探せる。

選択肢も出せる。

めちゃくちゃ使えばいい。

でも、

最後に、

「この人のためにどうしたい?」

「俺たちはどんな会社でいたい?」

「何を大事にして、この決断をする?」

そこには、

会社の思いとか、

人と人との関係とか、

夢とか、

覚悟とか、

熱がある。

だから、

責任を人間に残したいのは、人間が偉いからじゃない。

そこに、

人間の仕事の価値があると思ってるから。


俺がやりたいのは、省力化して「人間」を増やすこと

AIを入れて、

人を減らす。

じゃない。

作業を減らして、

人間らしい仕事を増やす。

人と話す。

相手を理解する。

考える。

悩む。

決める。

誰かのために動く。

夢を語る。

仲間を育てる。

責任を引き受ける。

そういう仕事に、

ちゃんと時間を使える会社にする。

だから俺は、

全部自動で動く会社を作りたいわけじゃない。

むしろ逆。

AIや仕組みに冷たい仕事を任せて、
人間にはもっと熱い仕事をしてほしい。

そのための省力化なんだと思う。


広告なら、こう分けたい

例えば広告運用なら、

AI・システムに寄せたい 人が持ちたい
データ収集 Goal設定
定型集計 最終判断
レポート生成 優先順位
異常候補の検知 異常の意味づけ
過去事例の検索 今回どうするか
ルール内の処理 例外対応
状況の整理 リスク判断
選択肢の提示 責任

これなら、

AIをかなり使ってる。

でも、

人がいなくなってない。

むしろ、

人は今までより、

人と向き合うこと。

考えること。

決めること。

熱を持って動くこと。

そこに集中できる。

俺がやりたいのは、

こっち。


自動化は、正常系では強い

自動化って、

決まった条件で、

決まったことをするのは、

めちゃくちゃ強い。

だから、

正常に動いてる間は、

本当に便利。

でも、

会社の実力が出るのって、

異常が起きた時

だと思う。

想定してなかった数字になった。

顧客から想定外の反応が来た。

市場が変わった。

店舗の状況が変わった。

ルール同士がぶつかった。

AIが変な判断をした。

そこで、

「自動だから分かりません」

じゃ、

仕事として成立しない。


自動化するなら、異常時まで設計した方がいい

俺が自動化するなら、

自動で何をするかだけじゃなくて、

どこで人間に戻すか

まで決めたい。

例えば、

この数字を超えたら通知する。

この条件なら自動停止する。

このケースは人間確認に戻す。

ここまではAIが判断していい。

ここから先は人が決める。

失敗したら誰が確認する。

結果はいつ見る。

みたいなこと。

自動化って、

正常系を作って終わりじゃない。

異常系が起きた時に、

誰に、

どう戻ってくるか。

そこまで含めて、

仕組みだと思ってる。


要らない仕事を自動化しても、要らない仕事が速くなるだけ

あと、

自動化する前に、

これも見た方がいい。

そもそもその仕事いる?

ってこと。

意味のない報告書を、

AIで5分で作れるようにした。

確かに、

速くなった。

でも、

その報告書、

誰も読んでない。

だったら、

自動化するより、

やめた方が速い。

おかしい業務フローをそのまま自動化したら、

おかしい仕事が高速で回る。

判断基準が曖昧なままAIに任せたら、

曖昧な判断が高速で量産される。

だから、

自動化って、悪い仕組みを良くしてくれるものじゃない。

良い仕組みを、

もっと速く、

もっとラクにするもの。

くらいに考えてる。


俺が自動化する前に見る順番

俺なら、

いきなり

「どう自動化する?」

から入らない。

順番 見ること
1 そもそもこの仕事いる?
2 Goalは何?
3 どこがボトルネック?
4 人がやるべき判断はどこ?
5 AIに任せられるのはどこ?
6 仕組み自体を変えられない?
7 それでも繰り返すなら自動化できる?
8 異常時は誰に戻す?
9 最後に誰が責任を持つ?

こんな感じ。

だから、

俺の中では、

自動化はかなり後ろ。


AIを使う目的も、人を消すことじゃない

AIの話って、

「何人削減できます」

「この仕事を全部自動化できます」

みたいな方に行きやすい。

でも俺は、

それだけだと、

あんまり面白くない。

AIが情報を集める。

AIが整理する。

AIが異常候補を見つける。

AIが選択肢を作る。

その分、

人が、

顧客を見る。

仲間を見る。

現場を見る。

人の思いを聞く。

考える。

決める。

責任を持つ。

夢を語る。

熱を持って動く。

そっちの方が、

会社として強くなると思ってる。


自動化したいんじゃない。人間に熱のある仕事を返したい

だから、

俺がやりたいのは、

全部自動で動く会社

じゃない。

人間が毎回やらなくていいことは、

可能な限り減らす。

その代わり、

人間は、

本当に見るべき人を見る。

大事なことを考える。

決める。

責任を持つ。

誰かのために動く。

人を仕事から消したいんじゃない。
人間にしかできない、熱のある仕事を増やしたい。

それが、

俺の中では、

自動化より、

省力化

って言葉の方がしっくりくる理由なんだと思う。


「自動だから」で終わらない仕組みにしたいなら

AIやシステムを使って、

仕事をラクにする。

それ自体は、

めちゃくちゃやった方がいい。

でも、

上手くいかなくなった時に、

誰が見るのか。

誰が判断するのか。

誰が止めるのか。

誰が責任を持つのか。

そして、

省いた時間を、

人と人のために何へ使うのか。

ここまで決まってないなら、

まだ、

作業が自動になっただけ

なのかもしれない。

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