「違うこと」は「優れていること」より強い
俺、
商品とかサービスの話をしてる時に、
結構思うことがある。
「それ、ユーザーに違い分かるのかな?」
って。
作ってる側からすると、
全然違う。
素材が違う。
技術が違う。
工程が違う。
精度が違う。
経験値が違う。
だから、
「うちの方が絶対いいです」
ってなる。
多分、
本当にいいんだと思う。
でも、
ここで一個考えたい。
それをユーザーは、同じ解像度で採点できるのか?
俺のFIRST ANSWERを先に言うと、
できないことの方が多いと思ってる。
俺はこれを、
「リテラシーの乖離」
って呼んでる。
提供する側と、
買う側では、
その商品を見るための知識量が違う。
だから、
プロから見れば明確な95点と100点の差が、
ユーザーからしたら、
「どっちも良さそう」
になる。
だから俺は、
選ばれるという意味では、
「少し優れている」より「明確に違う」方が強い
と思ってる。
何食べても美味しいんだよね
これ、
料理で考えると分かりやすい。
めちゃくちゃ美味しい店に行く。
食べる。
美味しい。
別のめちゃくちゃ美味しい店に行く。
食べる。
やっぱり、
美味しい。
「こっちは素材が違います」
「熟成期間が違います」
「火入れが1℃単位で違います」
って説明されたら、
へえ、すごい。
とは思う。
でも、
俺みたいにその世界のプロじゃない人間からすると、
その頂点の細かい差まで、
本当に採点できるかと言われたら、
できない。
何食べても美味しい。笑
多分これ、
結構普通だと思う。
プロには見える1点差が、ユーザーには見えない
例えば、
料理人同士なら、
Aが95点。
Bが98点。
Cが100点。
みたいな違いが、
本当に分かるのかもしれない。
素材を見れば分かる。
包丁の入れ方で分かる。
火入れで分かる。
香りで分かる。
食感で分かる。
でも、
普通のお客さんが同じ精度で採点できるとは限らない。
これ、
整体でも、
美容でも、
広告でも、
システムでも、
多分同じ。
整体師同士なら、
「あの技術はすごい」
が分かる。
エンジニア同士なら、
「この設計は美しい」
が分かる。
マーケター同士なら、
「ここの設計めちゃくちゃ細かいな」
が分かる。
でも、
ユーザーからすると、
「なんか良さそう」
くらいになることがある。
これが、
俺の言う、
リテラシーの乖離。
だからといって、プロが極めなくていいわけじゃない
ここは、
めちゃくちゃ大事。
じゃあ、
ユーザーに分からないなら、
技術を磨かなくていいの?
素材にこだわらなくていいの?
品質なんて適当でいいの?
っていう話では、
全くない。
むしろ逆。
俺は、
その1点を詰め続けるプロって、
めちゃくちゃ尊敬してる。
ユーザーには分からないところまでこだわる。
誰にも気づかれないところまでやる。
95点でも十分美味しいのに、
96点。
97点。
98点。
って、
ずっと上を目指す。
それが、
プロのあるべき姿だと思う。
ユーザーに伝わるかどうかと、プロとして極めるかどうかは別問題。
ここは混ぜたくない。
でも、分からないユーザーを責めちゃダメなんだよね
これも結構ある。
「こんなに違うのに、なんで分からないんだ」
「こっちの方が圧倒的に技術高いのに」
「ちゃんと見れば分かるのに」
って。
でも、
それはちょっと違うと思ってる。
だって、
ユーザーは、その道のプロじゃないから。
分からなくて普通。
俺だって、
料理の細かい違いは分からない。
ワインも、
詳しい人みたいには分からない。
車だって、
プロが見たら全然違う部分を、
俺は分からないことがある。
だから、
分からない人を責めてもしょうがない。
むしろ、
分からない前提で、どう伝えるかを考えるのが提供者側の仕事
だと思ってる。
「うちの方がすごい」は、結構難しい
よくあるのが、
「他社より技術力が高いです」
「この数値が○○以上です」
「通常より○%精度が高いです」
みたいな訴求。
もちろん、
意味がある場合もある。
その数値を理解できるユーザーなら、
めちゃくちゃ強い。
でも、
リテラシーの乖離が大きい市場だと、
数字を見せても、
それがどれくらいすごいのか分からない。
「98点です」
って言われても、
普通が何点なのか知らない。
「他社比120%」
って言われても、
その20%で自分に何が起きるのか分からない。
だから、
「すごいです」
「高性能です」
「高品質です」
だけでは、
結構届きにくい。
でも「違う」は分かる
ここで、
俺が「違うこと」を強いと思う理由が出てくる。
優劣を判断するには、
採点能力が必要。
でも、
違いを認識するだけなら、専門知識がなくてもできる。
例えば、
A店もB店もC店も、
全部、
「高い技術力で根本改善します」
って言ってる。
ユーザーには、
どれが一番すごいのか分からない。
でも、
一つだけ、
「仕事終わりの22時からでも受けられます」
だったら、
違うことは分かる。
「産後の女性だけを診ています」
でもいい。
「施術して終わりじゃなく、日常生活まで記録して見る」
でもいい。
これが優れているかどうか以前に、
他と違う選択肢だと認識できる。
ここが強い。
違うと、精密な採点をしなくてよくなる
例えば、
整体院が3つある。
全部口コミ4.8。
全部「技術に自信があります」。
全部「丁寧なカウンセリング」。
全部「根本改善」。
その中から、
一番技術が高いところを選んでください。
って言われても、
ユーザーからしたら、
知らんじゃん。笑
行ってないし。
技術者でもないし。
だったら結局、
近い。
安い。
予約が取れる。
口コミが多い。
みたいな、
自分でも判断できる軸
で選ぶことになる。
これ、
18本目の
にもつながると思ってる。
他の違いが分からないなら、
価格って、
めちゃくちゃ比較しやすいから。
同じに見えたら、分かるもので比べるしかない
これ、
結構重要だと思う。
会社側では、
「全然違う」
と思ってる。
でも、
ユーザーには全部同じに見える。
だったら、
ユーザーが分かるもので比較する。
価格。
距離。
口コミ数。
営業時間。
知名度。
別に、
ユーザーが浅いわけじゃない。
それしか判断材料を渡してないから。
だったら、
「価格だけで判断された」
って怒るんじゃなくて、
まず、
価格以外の違いを認識できる状態にできてた?
って考えた方がいい。
「違う」は、奇抜って意味じゃない
もちろん、
目立てばいい、
って話じゃない。
他と違うために、
変なことをすればいいわけでもない。
店を全部紫にしました。
スタッフ全員宇宙服です。
違う。
めちゃくちゃ違う。笑
でも、
それがお客さんの価値につながってなかったら、
ただ変なだけ。
前に、
って書いたけど、
違いも一緒。
その違いによって、誰の何がどう変わるのか。
ここが必要。
だから、
違いは、
奇抜さじゃない。
ユーザーにとって意味のある違い。
プロの違いを、ユーザーが分かる違いに翻訳する
俺は、
ここがマーケティングの仕事の一つだと思ってる。
例えば、
料理人が、
素材選びにめちゃくちゃこだわってる。
それ自体は、
プロとしてすごい。
でも、
「○○産の○○を使ってます」
だけで、
ユーザーがその価値を理解できないなら、
もう一段翻訳する必要がある。
それによって、
何が変わる?
食感?
香り?
食べた後?
健康?
体験?
誰に向いてる?
つまり、
プロにしか分からない違いを、ユーザーにも分かる違いへ変換する。
これ。
技術を薄めるんじゃない。
こだわりを捨てるんじゃない。
ちゃんと極める。
その上で、
伝わる形にする。
顧客の声を見る理由も、ここにつながる
前の記事で、
って話を書いた。
俺が顧客の生のボイスを欲しがるのも、
結局ここにつながる。
提供者側が、
「この技術がすごい」
と思っていても、
ユーザーが、
そこを価値として認識しているとは限らない。
逆に、
こっちは大したことないと思ってる部分を、
お客さんが、
「ここ、他と全然違いました」
って言ってるかもしれない。
だったら、
そこを見る。
プロの採点表だけで、強みを決めない。
ユーザーが、
何を違いとして感じたのか。
そこも見る。
リテラシーが違うなら、
両方の世界を見ないといけない。
「分かってくれない」じゃなくて、「分かる形になってる?」を見る
俺は、
これが大事だと思ってる。
めちゃくちゃ良い商品を作った。
めちゃくちゃ技術を磨いた。
誰よりもこだわった。
でも、
売れない。
その時に、
「お客さんは分かってない」
で終わりたくない。
確かに、
分かってないかもしれない。
でも、
分からないこと自体は悪くない。
リテラシーが違うんだから。
だったら、
こっちが考える。
何なら分かる?
どう言えば分かる?
何なら違いとして見える?
その違いは、
その人にとって価値がある?
ここまで落とす。
俺は、プロの100点を否定したいわけじゃない
むしろ、
逆。
100点を目指してほしい。
誰にも分からなくても、
101点を目指してほしい。
それが、
長い目で見たら、
信頼にもなる。
体験にもなる。
口コミにもなる。
商品力にもなる。
でも、
100点を取れば、自動的に100点だと伝わるわけじゃない。
ここ。
プロとしての品質と、
マーケティングとしての伝達は、
別の仕事。
両方必要。
「優れている」と「違う」は、どっちかじゃない
だから、
最終的には、
優れているか、
違うか、
どっちを取る?
って話でもない。
俺が理想だと思うのは、
中身は、プロとしてとことん優れている。
その上で、
外から見た時には、明確に違う。
これ。
中身まで違えば、
もっと強い。
でも、
少なくとも、
ユーザーが採点できない小さな優劣だけで、
選んでもらおうとしない。
提供者とユーザーの間には、
リテラシーの乖離があるから。
だから俺は「何がすごい?」より「何が違う?」を聞く
商品の話を聞いた時、
「何が一番すごいんですか?」
も聞く。
でも、
それだけじゃなく、
俺は、
「他と何が違うんですか?」
を見たい。
その違いは、
プロにしか分からない?
ユーザーにも分かる?
ユーザーにとって意味がある?
そこまで見る。
プロの世界では、
95点と100点に、
ものすごく大きな差がある。
その差を極めることは、
絶対に必要。
でも、
ユーザーからすると、
どっちも、
「めちゃくちゃ美味しい」
かもしれない。
だったら、
分からないことを責めない。
分かる違いを作る。
分かる言葉に翻訳する。
俺は、
そこまで含めて、
マーケティングだと思ってる。
だから、
選ばれるという意味では、
やっぱり、
「違うこと」は「優れていること」より強い。


