全部俺を通してたら、俺が会社のボトルネックになった
昔の俺、
何でも自分を通してた。
これどうしますか?
俺が決める。
これでいいですか?
俺が見る。
この内容で送っていいですか?
俺が確認する。
次どうしますか?
俺が考える。
その方が早いと思ってた。
というか、
一個の仕事だけ見たら、
実際その方が早いんだよね。
説明する必要もない。
自分で見れば分かる。
自分で決めれば早い。
だから、
どんどん自分でやる。
でも、
気づいたら普通にパンクしそうになってた。
FIRST ANSWER
今なら分かる。
俺が仕事できるかどうかの問題じゃなかった。
全部の仕事と判断が、
俺を通る構造になってた。
だから、
業務量が増えれば増えるほど、
全部が俺待ちになる。
結果、
俺自身が会社のボトルネックになってた。
ただそれだけだった。
「自分でやった方が早い」は、普通に正しい
これ、
難しいところなんだけど。
自分でやった方が早い、
って別に間違ってないんだよね。
人に説明して、
一回やってもらって、
確認して、
直してもらう。
それなら、
自分で5分でやった方が早い。
俺もずっとそう思ってた。
でも、
問題はそこじゃなかった。
5分の仕事が、
一個だけならいい。
10個。
20個。
30個。
全部、
「一回俺を通す」
になると、
俺のところに列ができる。
一個ずつは早くても、
会社全体では遅くなる。
会社が大きいとかじゃない
これ、
会社規模の話でもないと思ってる。
大企業だから起きるとか、
社員が何十人いるから起きるとかじゃない。
もっと単純で、
一人が抱える業務量と判断量が増えたら起きる。
案件が増える。
人からの確認が増える。
意思決定が増える。
見る数字が増える。
やる仕事が増える。
その状態で、
全部自分を通す。
そりゃ詰まる。
会社の上限が、
市場でも、
人員でもなく、
俺の処理能力になる。
これ、
めちゃくちゃもったいない。
しかも、自分では気づきにくい
当時の俺は、
普通に仕事してた。
むしろ、
めちゃくちゃ仕事してた。
朝から夜まで動く。
連絡返す。
確認する。
判断する。
トラブルあったら入る。
だから感覚としては、
「仕事量多すぎるな」
だった。
もっと早く返さないと。
もっと効率良くやらないと。
夜やるしかないな。
そう思ってた。
でも、
問題は俺の処理速度じゃなかった。
仕事が俺に集まる構造そのものだった。
マレーシアで、先輩社長に言われた
マレーシアで仕事してた時に、
先輩社長から言われたことがある。
「あっきーがボトルネックになっちゃうよ」
って。
その時は、
「ああ、なるほど」
というより、
いや、もうなってるわ。
って感じだった。笑
何をするにも俺の確認待ち。
誰かが何か決めようとしても、
最後は俺に戻ってくる。
俺自身も仕事を抱えすぎて、
普通にパンクしそうになってた。
でも、
それまでは、
単純に
「仕事が多いから大変」
くらいにしか見えてなかった。
その一言で初めて、
仕事量だけの問題じゃない。
仕事が俺に集中する構造の問題なんだ。
って気づいた。
その人、
音楽業界では結構有名なプロデューサーでもあって。
別に、
ずっと一緒に仕事してたとか、
師匠みたいな関係だったわけじゃない。
でも、
なぜか気に入ってもらって、
その後、
「あっきー!俺の誕生日会、台湾でやるから来なよ!」
って誘われて、
本当に台湾まで行った。笑
台湾ももちろん思い出なんだけど、
俺の仕事に一番残ってるのは、
この言葉かもしれない。
「あっきーがボトルネックになっちゃうよ」
実際、
もうなってたから。
「みんな俺に聞きすぎ」じゃなかった
当時は、
正直、
「なんでこんなに全部俺に聞くんだろう」
って思うこともあった。
でも今考えると、
そりゃ聞く。
俺がそういう仕事の流れを作ってたから。
自分で決めていい範囲が分からない。
判断基準も十分渡してない。
何が起きたら俺に確認するのかも曖昧。
勝手に決めて間違ったら、
怒られるかもしれない。
だったら、
聞くのが一番安全。
その結果、
全部俺に戻ってくる。
なのに、
「もっと自分で考えてよ」
って言っても、
それは無理なんだよね。
任せるって、「やっといて」じゃない
じゃあ、
全部任せればいいのか。
それも違う。
丸投げしたら、
今度は事故る。
俺が必要だと思ってるのは、
作業だけじゃなく、判断まで少しずつ渡すこと。
例えば、
どこまでなら自分で決めていい?
何を見て判断する?
何が起きたら上に確認する?
何は勝手に決めちゃダメ?
ここを渡す。
「これやっといて」
だけじゃない。
どう考えればいいかまで渡す。
ここまでやって、
初めて仕事を任せられる。
答えだけ渡すと、次も俺に聞きに来る
例えば、
「この広告どうしますか?」
って聞かれて、
俺が、
「今はそのままで」
って答える。
その場は終わる。
でも、
次に似た状況が来たら、
また聞かれる。
当然なんだよね。
答えしか渡してないから。
変更直後だから、
まだデータが足りない。
CVRは改善してる。
予約枠にも余裕がある。
だから今は触らない。
あと3日見て、
ここまで悪化したら次を考える。
ここまで伝える。
そうすると次は、
「今回は前回と違ってCVRも落ちてます。だから変更した方がいいと思います」
って、
本人から判断が出てくる。
これが、
俺の中では、
仕事を渡せた状態。
何でも自分で決めることが、責任ではない
昔の俺は、
自分が全部見て、
全部決めることが、
責任を持つことだと思ってた部分もある。
もちろん、
最終的な責任は持つ。
重要なことは見る。
でも、
全部の判断を自分でやることと、責任を持つことは別。
会社として何をやるのか。
どこに向かうのか。
何に投資するのか。
何をやらないのか。
大きなリスクを取るのか。
ここは、
責任者が持たないといけない。
でも、
毎日の細かい判断まで、
全部自分を通す必要はない。
「確認するな」でもない
これも大事で。
何でも自分で決めろ、
って話でもない。
大きなお金が動く。
顧客への影響が大きい。
法務や契約が絡む。
失敗した時に戻せない。
会社の方向性が変わる。
こういうものは、
普通に確認した方がいい。
大事なのは、
全部確認する状態なのか、確認すべきものだけ確認する状態なのか。
この差はデカい。
前の記事の「パスゲーム」と根っこは同じ
前に、
って書いた。
あれは、
自分の仕事をどう速く進めるか、
って話。
今回の話は、
それを組織に広げた感じ。
個人がボールを持ち続けると、
仕事が遅くなる。
組織でも、
全部のボールが一人に集まると、
会社全体がその人待ちになる。
しかも、
その人が仕事できる人ほど、
最初は回っちゃうから、
余計に気づきにくい。
「もっと自分で考えて」は、環境を作ってから
全部自分で判断して、
全部自分で確認して、
その一方で、
「もっと自分で考えて」
って言う。
これ、
今考えると、
結構矛盾してる。
判断するための情報がない。
判断基準がない。
権限も曖昧。
失敗していい範囲も分からない。
それで、
自分で判断しろ、
は難しい。
この辺は、
同じことを3回説明してるなら、人じゃなく仕組みを疑った方がいい
にもつながる。
人に考えてもらいたいなら、
考えられる環境を作るところまでが、任せる側の仕事。
だと思ってる。
俺が頑張るほど、会社が進むとは限らない
これは、
当時の俺には結構大きな学びだった。
もっと働けばいい。
もっと早く返せばいい。
もっと自分が頑張ればいい。
そう思ってた。
でも、
自分が全部の仕事を受け取る構造のままなら、
どれだけ頑張っても、
また詰まる。
俺が一番頑張ることと、
会社が一番速く進むことは、同じじゃない。
むしろ、
自分を通さなくても進むものを増やす。
重要な判断だけ自分に上がってくる。
その方が、
会社全体では圧倒的に速い。
自分が会社の上限になったらダメなんだよね
全部見れる。
全部決められる。
全部直せる。
それ自体は、
悪いことじゃない。
最初は必要な時もある。
俺も、
それで進めてきた時期がある。
でも、
業務量が増えても、
ずっと同じやり方を続けると、
いつか自分が詰まる。
俺は実際、
詰まってた。
そこに、
「あっきーがボトルネックになっちゃうよ」
って言われた。
いや、
もうなってるわ。笑
そこから、
仕事の見え方が変わった。
自分が全部やるんじゃなくて、
自分がいなくても進む仕事を増やす。
その上で、
自分にしかできない仕事をちゃんとやる。
今は、
そっちの方が大事だと思ってる。


